三日坊主が、田舎で仕事をつくる

もりむーって何者?詳細プロフィール

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森村優佳(もりむー)

1991年生まれ

北海道札幌市出身、天塩町在住。

 

 

北海道と東京を行き来しながら、

・北海道岩見沢市天塩町の魅力発信

・小規模のイベント企画運営

・講演活動

をしています。

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若干20代、しかも札幌市出身の人間ですが、

大学卒業後に岩見沢市へ移住。

岩見沢市総合戦略推進委員
北海道教育大学岩見沢校への出前講師
天塩町地域プロデューサー
という大役を仰せつかっております。
この街をもっと輝かせる為に、日夜奮闘し、充実した毎日を過ごしています。

 


今はこんなに私らしく楽しく仕事をしている私ですが、
実は子どもの頃は珍しい病気にかかり、入退院を繰り返し、
生きづらかった子ども時代でした。

 

生きる希望が見つからない10歳の頃

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(左:安定時               右:病気が再発・退院直後)

私も普通の人生を歩むものだと思っていました。

そう、あの日まで…

 

小学校入学直前のあの日

私はおたふくかぜにかかり近所の病院に行きました。

そこでネフローゼ症候群という宣告をたたきつけられたのです。

ネフローゼ症候群」とは、10万人に5人がかかるというとても珍しい病気で、平たく言うと「体全体がむくむ」病気です。

 

保育園の卒園式に出る事もできず、小学校にも通えず入院生活。

みんなが楽しそうに学校に通う姿を横目で見ながら、私はひとり読書や折り紙をしている日々でした。

 

やっと学校に通えると思ったらまた入院。

学校に行ってはまた入院の繰り返しでした。

おかげで勉強も遅れてしまい、今でも計算などできないことがたくさんあります。

「なんで私だけ!もう死んでしまいたい!」

そう思って病室でひとり何度も泣きじゃくりました。

 

 

両親の離婚・ひとりぼっち

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クラスメイトからもらった手紙

 

小学校4年生になったとき、両親が離婚しました。

私はお父さん子でしたがお母さんに引取られることになり、絶望感でいっぱいだったのを今でも覚えています。

 

もちろん、お母さんは遅くまで働いてくれて、本当に感謝しています。

でも、家に帰ってもひとりで夜ご飯を食べる日々…

朝ごはんは母親の寝顔を見ながら食べる…

まだ甘えたい時期の私には寂しい気持ちでした。

 

学校には友だちがたくさんできました。

けれど、長い入院生活が元でみんなと話題が合わず、上辺だけの関係でした。

自分の意見は抑え、相手の話に合わせるようにようになりました。

学校でも家に帰っても
「どこで」「誰といても」、孤独感を感じていました

 

 

せっかく夢ができても挫折

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当時の私には趣味と呼べるものがありませんでした。

友だちはピアノや水泳、英会話など習い事をしていて楽しそうなのに、私にはそんなものがないのがコンプレックスでした。

 

むろん、家にそんなお金がないことも理由のひとつでしたが、お金をかけずにできることでも、私はいつも続きませんでした。

 

例えばビーズアクセサリー・料理・着メロ作曲・読書・刺繍・サイクリング・落語や百人一首もやりました。

 

けれどどれも3ヶ月もすれば飽きてしまうのです。

つまらない毎日。つまらない自分。

ただひとつだけ、とても楽しかった思い出があります。
それがボランティアでした。
そこでフリースクールの先生になって、片親の子どもに勇気を与えたい!と夢を持ち、高校受験しましたが見事に不合格。
やっぱり私はダメなんだ。死にたい。そう思っていました。

 

訪れた転機

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大学に入学し、これから何をやろうかと迷っていたところ、運命の出会いがありました。
それが「合同学生団体ユニフェス」実行委員会です。

 

通常、学祭は、校内で行われるものですが、札幌市近郊の大学・専門学校を集めて、大通り公園で1つの学祭をやろうという取り組みです。

 

大学2回生の時、このユニフェスの営業?をさせてもらいました。

私は、企画部を担当し、ユニフェスに、自分の大学からいくつかのサークルを紹介できました。

 

これも私が飽きっぽい性格からいくつものサークルを渡り歩いてきたからできたことです。

紹介したサークルからも「ありがとう」と言ってもらえ、サークル、来場客、双方を楽しませることができました。

このとき、私は人生で、1番、夢中になれるものを見つけることができました。

 

私は、1人のプロフェッショナルにはなれないけど、プロフェッショナルを〈繋げる〉ことができると分かったのです。

なんともいえないやりがいを感じました。

 

「飽きっぽい」コンプレックスが誰かに喜ばれる幸せ

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大学4年生のときに、今までの岩見沢の商店街のイメージ(古い、汚い、買うものない)を一新する「ゆあみ」というブランドの冊子を企画、編集することになりました。
「こんなかわいい店・良い商品あるの知らなかった」と、女子大生などの若い女性の関心を惹くことができました。
 「女子高生に来てほしい」という店主(60代)には、その要望をかなえるため、twitterの導入を企画しました。
店主はスマホを買い、若い大学生の話をきちんと聞いてくれて、Twitterをマメに更新してくれた結果、
お店は大繁盛し、店主の要望どおり、女子高生が多く集まるようになりました。
満席の店内で、60代の店主はいま、女子高生と恋バナに話をさかせています。

 

そして、現在…コンプレックスを活かして働く

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私はいま、岩見沢市でまちづくりに取り組んでいます。
岩見沢市まちづくり基本条例推進委員などに抜擢していただき、新聞にも掲載していただきました。
ですが、私はまだまだやらなければならないことがたくさんあります。
岩見沢という地域にスポットライトが当たるように、
これからもっと経験を積んで、人を繋いでいきたいと願っています。

 

 

最後に。いまとても辛い想いを抱えているあなたへ

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入院中の子どもとも隔離された、小児病棟の個室の中にいたときから

こんな想いをするくらいなら死なせてくれと叫びつつも、

小さな光を信じて歩き続け15年。

全く想像もしない明るい世界が広がっていました。

 

 

 

 

 

自分が「コンプレックス」だと思っていた事柄は、

時がたち、フィールドも変われば、

誰かを楽しませたり、安心させたり、感謝されたりする強力な武器になっていました。

 

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世界は、思っていた以上に「広い」ものです。

 

 

 

 

 

 

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 一見、自分が短所だと思うところも、

まるごと愛せたならば、

素晴らしい世界が広がっています。

 

短所を責めるのではなく、

受け入れて、活かす

そんな人を増やす為に、これからも活動していきます。

 

 

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