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【地方創成】私が「地域活性化」を目指すことを辞めた理由【移住】

地域活性化」を志した21歳の夏

今から4年前、大学3年生・21歳の夏休み、

被災地 岩手県陸前高田市に1か月滞在しました。

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7万本の中から残った、奇跡の一本松

 

 

長期滞在しているボランティアの方々の指導の下、

ガレキーホルダーの制作をしたり、障がい者就労施設でのイベント企画をしました。

 

この1か月で感じたことは、

1か月では「地域に何も残せない」という悔しさでした。

 

 

 

まちづくり会社に弟子入り、現場で、ただ我武者羅に進む日々

「一時的」ではなく、「持続可能な仕組み」を残したいと、

同級生が就活している時期に、

まちづくり会社の社長に弟子入り。

大学4年生の時は、

大学の授業には週1回

仕事が週5回のスケジュールでした。

札幌の事務所で企画書・報告書をつくり、

岩見沢に通い、集客・取材イベントを企画、

札幌と岩見沢を往復する毎日でした。

その当時は、「好きなことを仕事にできている嬉しさ」でいっぱいで、

「私が絶対に、岩見沢を活性化するんだ!

持続可能な仕組みを生み出すことにより、他地域のモデルとなるような成果を残すんだ!」と意気込んでいました。

 

フリーランスとして、まちづくりに携わる

縁あって、大学4年生の時インターンしていた仕事で、独立。

岩見沢市に住民票を移し、移住。

岩見沢で働きたい!という若者を増やす為、

中心市街地に来るお客様を増やす為、

2年間、

フリーペーパーの制作、札幌からの学生インターンのコーディネート、ワールドカフェの企画・運営、イベントの企画、

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中心市街地の未来について考えるワールドカフェ「まちなか未来会議」

 

イベントの司会、写真撮影、講師、

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北海道教育大学岩見沢校「地域プロジェクトⅡ」の講師を務めました。

 

依頼された仕事はとにかく何でも受注しました。

おかげさまで、

月によって、ばらつきがありますが、平均月収25万円は稼ぐことができ、

余裕を持って暮らすことができ充実した日々でした。

 

 

 

で、岩見沢に何を残したの?

とりあえず、今のプロジェクトを我武者羅に達成した先に、

成功が待っているんだ、今は頑張り時だと信じて、クリスマス、お正月、お盆休みもなく働く日々。

2年間、がむしゃらにやって、残した成果は、

「商店と学生の新しい繋がり」「商店と市民の新しい繋がり」が生まれたことだけでした。

 

夢見ていた持続可能な仕組みの創出・そのモデルを全国に輸出なんてほど遠く、

今年度の通行量・空き店舗・就業者数の目標すら達成できない状況だった。

 

「私は岩見沢市の赤字を拡大させただけだ。費用対効果に合わない。」

「ああ、私が全力で目指してきた2年間は、何て無駄だったんだろう。」

絶望。毎晩、この先どうしようか悩んだ。

 

「なんで地域活性化したいんだっけ」自分の原点に戻ってみた

「札幌の実家に帰ろうか。」

「東京に行って、まちづくり会社に就職しようか。」

北海道の他地域の地域おこし協力隊にも誘って頂いた。

もちろん、今の仕事も来年度も継続してほしいと言って頂いた。

迷う日々。

 

自分の原点に戻ってみた。

 

目標達成の為に「無駄だ」と思って避けていた、

普通の20代らしいことをした。

たっっぷり寝て、

旅行に行って、

実家で家族とご飯食べ、

大学時代の友人とご飯食べに行ったり、

洋服買ったり。

 

そんな時間を過ごすなかで、思い出した。

 

私自身、趣味・特技、夢中になれるものがなくてモヤモヤしていた。

→知り合いに誘われた団体に入って、やりたいことがみつかった。

→夢中になれるものが見つかった。

「まちづくり」という、好きなこと・やりたいジャンルが見つかっているというだけで、今は幸せだ。

 

ただ私が、行きたい!と参加した団体で、会いたい!と思って誘った飲み会で、

たまたま出会ったAさんと、Bさんが繋がり

「ありがとう」と喜んでもらえた。

その後、私のいないところで、新たな繋がりが生まれていく。

私が、出会いの機会を生めること、ただただそれだけで幸せだったんだ。

 

 

 

 

 

 

自分が全力で楽しんだ先に、人と人が繋がって笑ってくれれば最高だ

 

 

これから人口が減少していくのは当然なんだから、

少ない人数で、住んでいる人の満足度を高めるには、

この繰り返しなんじゃないか?

私の進んできた道はあながち間違っていないんじゃないかと思った。

 

ただ、「地域活性化」という文脈で語ってしまうと、

経済や数字が結びついてしまうので、この文脈で語るのは辞めた。

 

 

私が新聞に載るたび、講演するたび、東京や神戸に滞在するたびに、

「暇だ」「飲み会企画してよ」「何か誘ってよ」と言ってくる同年代の友人がいた。

 

私は、凄い結果を残すことなんてできないけど、

目の前の人の退屈な1日を、ちょっぴり明るくすることはできる。

 

それで十分なんじゃないか。

 

私が、好きなタイミングで好きなことをする、会いたい人に会うことが出来る日々がHAPPY

その結果として、

→「私もやりたい」「元気出た」

→誰かの背中を押したり、出逢いの機会を創出できれば最高にHAPPY

もっと、そういう意味での
エゴ満開で
迷惑満開で
 
生きればいい、と思うのです。 
 
 
それが「自分」を喜ばせ、結果として
 
「もう一人の自分」である
誰かを喜ばせることになるのだから。

http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12165816535.html

 

岩見沢地域活性化に夢中になってたら、いつの間にか、

責任・期待・正義感・罪悪感から、

「他人軸」 になってしまっていた。

「自分軸」に軌道修正します。

 

岩見沢の為、数値目標を達成する為に、報告書に頑張ってまとめ、数字と規模と回数を重視して頑張って、「凄い」と言われるより、

 

私が笑う時間を増やそう。

 

報告書にも他地域にも全く参考にならない笑顔を多くつくろう。